2022年02月17日
検索 仁科濫觴記4 <泉小太郎伝説の実際(8)>
さて治水を終えた「ひかるくん」はどうなったでしょうか。
仁科濫觴記はその後の「ひかるくん」にも触れています。
⑧「ひかるくん」の妹 妹耶姫(いもやひめ)が仁品王との間に
「仁品王」政庁のその後
① 政庁を拡大しようとした「仁品王」に、
② それに腹を立てた「仁品王」が「保高見熱身躬」を叱責。
③「保高見熱躬」は怒って、都に帰り、「天皇」(まだ天皇という表現は
④「天皇」もそれを聞いて怒り、仁品の館を取り潰せというお達しをくだします。
⑤「仁品王」家はおとりつぶしになります。
⑥さらに「仁品王」は失念の中で死去、あとを追うように、長男の若王子、
⑦次男が仁品王政庁を担うものの、スケールダウンします。
仁科濫觴記はその後の「ひかるくん」にも触れています。
⑧「ひかるくん」の妹 妹耶姫(いもやひめ)が仁品王との間に
若君二人をもうけます。
⑨「ひかるくん」の母親(つまり犀龍)はその妹の世話役として
⑨「ひかるくん」の母親(つまり犀龍)はその妹の世話役として
宮廷(ではないけれど)に入ります。
⑩「ひかるくん」は仁品政庁の近くに「光明亭」(現在の大町市光明寺のあたり)
⑩「ひかるくん」は仁品政庁の近くに「光明亭」(現在の大町市光明寺のあたり)
という建物を与えられ、政権の一角を担います。

華々しいハッピーエンドです。
しかし、僕はここで少しの違和感をかんじました。
なぜなら、たつのこたろう伝説はどちらかというと悲壮感漂うエンディングで、大抵、龍の背にのって、たつのこたろうは消えていくのです。
もし仁科濫觴記にあるようなハッピーエンドであるのなら、民話ももっとハッピーエンドで終わるはずなのにと思ったのですが、仁科濫觴記を読み進めると、さらなる続きがあることがわかりました。ただし、「ひかるくん」の記載は一切なくあくまで「仁品王」の政庁のその後です。

華々しいハッピーエンドです。
しかし、僕はここで少しの違和感をかんじました。
なぜなら、たつのこたろう伝説はどちらかというと悲壮感漂うエンディングで、大抵、龍の背にのって、たつのこたろうは消えていくのです。
もし仁科濫觴記にあるようなハッピーエンドであるのなら、民話ももっとハッピーエンドで終わるはずなのにと思ったのですが、仁科濫觴記を読み進めると、さらなる続きがあることがわかりました。ただし、「ひかるくん」の記載は一切なくあくまで「仁品王」の政庁のその後です。
「仁品王」政庁のその後
① 政庁を拡大しようとした「仁品王」に、
最重臣、「保高見熱躬(ほたかみのあつみ おそらく穂高神社のはじめ。
おそらく安曇族の高位者)」が、民への負担増大を危惧して反対します。
② それに腹を立てた「仁品王」が「保高見熱身躬」を叱責。
(保高見を竹鞭で打つという記述もあります)
③「保高見熱躬」は怒って、都に帰り、「天皇」(まだ天皇という表現は
ないのですがわかりやすく表記)に対して報告。
④「天皇」もそれを聞いて怒り、仁品の館を取り潰せというお達しをくだします。
⑤「仁品王」家はおとりつぶしになります。
⑥さらに「仁品王」は失念の中で死去、あとを追うように、長男の若王子、
妹耶姫と次々に亡くなります。
⑦次男が仁品王政庁を担うものの、スケールダウンします。
もちろん「保高見熱躬」の名も「ひかるくん」の名も政権メンバーからはなくなります。
いままで、開拓で華やいだイメージの仁品王の物語は急に曇天となります。
しかし、にもかかわらず、この時、政権の中心にいたはずの「ひかるくん」の記述が一切ないのです。「仁品王の義理の兄」、「若王子の伯父」、「妹耶姫の実兄」の「ひかるくん」です。
この政局難の中、もっとも頼れるはずの人が一切語られないのですが、「安曇の古代」の著者の仁科宗一郎氏はこのことを挙げ、おそらく「ひかるくん」は「保高見熱躬」側についたため、大町の仁科氏の記録書である仁科濫觴記には登場しなくなったのではないかと推察しています。
確かに、「仁品王」と「保高見熱躬(ほたかみのあつみ)」との溝は、拡大政策を選択する「仁品王」と、民への過剰な負担を阻止したい「保高見熱躬」との溝であって、そうであれば、常に民と共にあった「ひかるくん」であれば「保高見熱躬」側につくことも十分考えられる選択です。
この、「仁品王」と「保高見熱躬」との最後の確執は、ハッピーエンド好きな僕としては残念な結果でした。
しかし、「信府統記」の元ネタが「仁科濫觴記」であるならば、信府統記やほかの民話の終わりが「ひかるくん」が犀龍の背中に乗ってどこかに消えてしまうという終わり方であるのは、治水を終えた後、白水郎日光(あまのひかる)の記述が一切なくなるという点からも類似性を感じます。
泉小太郎伝説の実際を最初から読む
泉小太郎伝説を調べまくるの 目次はこちら
いままで、開拓で華やいだイメージの仁品王の物語は急に曇天となります。
しかし、にもかかわらず、この時、政権の中心にいたはずの「ひかるくん」の記述が一切ないのです。「仁品王の義理の兄」、「若王子の伯父」、「妹耶姫の実兄」の「ひかるくん」です。
この政局難の中、もっとも頼れるはずの人が一切語られないのですが、「安曇の古代」の著者の仁科宗一郎氏はこのことを挙げ、おそらく「ひかるくん」は「保高見熱躬」側についたため、大町の仁科氏の記録書である仁科濫觴記には登場しなくなったのではないかと推察しています。
確かに、「仁品王」と「保高見熱躬(ほたかみのあつみ)」との溝は、拡大政策を選択する「仁品王」と、民への過剰な負担を阻止したい「保高見熱躬」との溝であって、そうであれば、常に民と共にあった「ひかるくん」であれば「保高見熱躬」側につくことも十分考えられる選択です。
この、「仁品王」と「保高見熱躬」との最後の確執は、ハッピーエンド好きな僕としては残念な結果でした。
しかし、「信府統記」の元ネタが「仁科濫觴記」であるならば、信府統記やほかの民話の終わりが「ひかるくん」が犀龍の背中に乗ってどこかに消えてしまうという終わり方であるのは、治水を終えた後、白水郎日光(あまのひかる)の記述が一切なくなるという点からも類似性を感じます。
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Posted by 泉小太郎研究家 at 20:46│Comments(0)
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