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2022年04月05日

検索 放光寺3<泉小太郎伝説の実際(64)>

放光寺は
松本の城山公園の裏手にあるお寺のため
城山公園の駐車場に車を停めて向かいました。

もともとこの山自体が放光寺山であり
武田軍がくるまではここにも城が築かれていました

おそらく昔は寺の規模もこの山全体に広がっていたのではないかと推定します。

放光寺マップ
検索 放光寺3<泉小太郎伝説の実際(64)>

期待とは違い
境内にはなにも泉小太郎らしいものはありませんでした。
ただ
駐車場や看板などには
「松本日光」の文字があります。
仁科濫觴記によれば泉小太郎の本名は「日光(ひかる)」ですので
おそらく、初めは「光城山」と同じように「日光(ひかる」の名から来たと
推定します。

「日光(ひかる)」の文字が江戸時代に
徳川家康の日光東照宮ために一人歩きしてしまい
「日光(にっこう)」となってしまい
「松本日光」になったと推察されます。
 
もともとは「日光(ひかる)」を祀る場所だったと思われます。

「日光」が「ひかる」であり、日光泉小太郎の名を知っている人間から
すると至極当たり前の推論ですが
日光という名前が邪魔になり
江戸時代に日光東照宮と関係づけられてしまったため埋もれてしまったとしか思えません。
 
放光寺は信府統記にも「泉小太郎」が育った場所でありますし
光城山からは山続きの終点の場所でもありますから

ここにも「ひかる信仰」があったことは間違いないかと思います。


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Posted by 泉小太郎研究家 at 19:03│Comments(0)泉小太郎伝説の実際
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