2022年03月21日
検索 ふりだしの犀の角 <泉小太郎伝説の実際(47)>
武田竜宝の墓こそが「犀の角」だと思い
入明寺に訪問し 武田竜宝の墓を検証してみました。

実際みるとそれは「田沢神明宮の岩舟」とまったく違う石の組成であることが
見た目にもわかり
僕の推論は違っていたことがわかりました。
それが判明したのちに田沢神明宮の記述をみると
僕が「犀の角は岩船から削りとった長い石」だとおもっていたのは
全くの勘違いだったのではないかということに気が付きました。
僕の間違いのルートを説明します
「穂高神社の犀竜にのる泉小太郎像をみる」

↓
「犀とはなにか? 犀竜が堤を開くという信府統記の記述をみて古代の土木器具ではなかったか という推論」
↓
「古代の土木器具なら石だ そして角のような大きな石、もしくは犀のような先のとがった石を想定」
↓
「「ひかる」を探している間に田沢神明宮を発見」
↓
「田沢神明宮にある岩船を発見!これこそ「犀」だと思う」

↓
「岩船は悪徒によって石工のため掘られたという表現があり
後世に加工された可能性があることを示唆」
↓
「岩船の先端には切り取られたような跡がある」

↓
「田沢神明宮の縁起には、岩船と「犀の広鉾(ひろほこ)」を置いた場所を
「犀の神原」と表現しているため 岩船と犀の広鉾はもともと一つの岩だったのではないかと推論」
という推論の経緯をたどったものの、実際には「犀の角が岩である」というのはどこにも表現されていない内容です。
僕は岩船を見たときに、まっさきに悪徒(武田軍)によって岩船から犀の角の部分が切り取られて持ち去られたと思い込んでしまっていたので、岩であると前回は疑うことなく探索をしていました。しかし、よくよく田沢神明宮の縁起をみると、「円満寺(そのころ田沢神明宮の 犀の神原に建立されていたお寺)に 犀の広鉾は祀られていた」とあることから、「広鉾(ひろほこ)」というものが岩船とは別にあったと想定されます。
そうなんです。もともとどこにも、「犀の角」を岩であるとしている内容はなく(思い込みの恐ろしさです)
田沢神明宮の縁起では最初から「犀の角」は「広鉾」であるとされているのです。
そこで広鉾をさぐってみると
広形銅矛(ひろがたどうほこ)が検索されます。
銅矛 ウィキペディア

勝手に「石」だと思っていた犀の角は「犀の広鉾」とありますから
青銅器製の矛と考えるのが妥当な考え方です。
自分の考えとしては先入観に囚われ
入明寺の墓を確認するまで自分が違っていたということを確信できませんでした。
しかし、入明寺に行って実際の墓を確かめることによって
岩ではないとようやく気づくことが出来たのです。
泉小太郎伝説の実際を最初から読む
泉小太郎伝説を調べまくるの 目次はこちら
入明寺に訪問し 武田竜宝の墓を検証してみました。

実際みるとそれは「田沢神明宮の岩舟」とまったく違う石の組成であることが
見た目にもわかり
僕の推論は違っていたことがわかりました。
それが判明したのちに田沢神明宮の記述をみると
僕が「犀の角は岩船から削りとった長い石」だとおもっていたのは
全くの勘違いだったのではないかということに気が付きました。
僕の間違いのルートを説明します
「穂高神社の犀竜にのる泉小太郎像をみる」

↓
「犀とはなにか? 犀竜が堤を開くという信府統記の記述をみて古代の土木器具ではなかったか という推論」
↓
「古代の土木器具なら石だ そして角のような大きな石、もしくは犀のような先のとがった石を想定」
↓
「「ひかる」を探している間に田沢神明宮を発見」
↓
「田沢神明宮にある岩船を発見!これこそ「犀」だと思う」

↓
「岩船は悪徒によって石工のため掘られたという表現があり
後世に加工された可能性があることを示唆」
↓
「岩船の先端には切り取られたような跡がある」

↓
「田沢神明宮の縁起には、岩船と「犀の広鉾(ひろほこ)」を置いた場所を
「犀の神原」と表現しているため 岩船と犀の広鉾はもともと一つの岩だったのではないかと推論」
という推論の経緯をたどったものの、実際には「犀の角が岩である」というのはどこにも表現されていない内容です。
僕は岩船を見たときに、まっさきに悪徒(武田軍)によって岩船から犀の角の部分が切り取られて持ち去られたと思い込んでしまっていたので、岩であると前回は疑うことなく探索をしていました。しかし、よくよく田沢神明宮の縁起をみると、「円満寺(そのころ田沢神明宮の 犀の神原に建立されていたお寺)に 犀の広鉾は祀られていた」とあることから、「広鉾(ひろほこ)」というものが岩船とは別にあったと想定されます。
そうなんです。もともとどこにも、「犀の角」を岩であるとしている内容はなく(思い込みの恐ろしさです)
田沢神明宮の縁起では最初から「犀の角」は「広鉾」であるとされているのです。
そこで広鉾をさぐってみると
広形銅矛(ひろがたどうほこ)が検索されます。
銅矛 ウィキペディア

勝手に「石」だと思っていた犀の角は「犀の広鉾」とありますから
青銅器製の矛と考えるのが妥当な考え方です。
自分の考えとしては先入観に囚われ
入明寺の墓を確認するまで自分が違っていたということを確信できませんでした。
しかし、入明寺に行って実際の墓を確かめることによって
岩ではないとようやく気づくことが出来たのです。
泉小太郎伝説の実際を最初から読む
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